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山口地方裁判所下関支部 昭和36年(む)123号 判決

被疑者 山本馨 外三名

決  定

(被疑者氏名略)

右の被疑者等に対する往来妨害並に威力業務妨害被疑事件について、山口地方裁判所下関支部裁判官が昭和三六年六月一〇日になした勾留請求却下の裁判に対し、山口地方検察庁下関支部検察官より、同日右裁判の取消を求める旨の準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

被疑者等に対する検察官の勾留請求について、昭和三六年六月一〇日に山口地方裁判所下関支部裁判官のなした右各請求却下の裁判は何れもこれを取消す。

理由

一、検察官よりなされた本件申立の趣旨並にその理由は別紙申立書記載のとおりであるから、こゝに引用する。

二、よつて検察官提出の各資料を検討するに、一件資料中の各被害者並に現場目撃者の各供述調書及び一部被疑者の各供述調書その他、関係各資料によれば、被疑者等が本件勾留請求の基礎である各被疑事実を犯したと疑うに足りる相当な理由のあることが認められる。

三、そこで本件勾留請求の理由であるところの、被疑者等が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由(刑事訴訟法第六〇条第一項第二号)並に逃亡すると疑うに足りる相当な理由(同条第一項第三号)があるか否かを考えるに、

被疑者等が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由の有無については、本件の被疑事実は、これを要するに、旅客の運輸を業とする株式会社とその従業員の所謂第一組合との間に発生した労働争議に派生して、第一組合員並にその支援者等に会社の車輛が奪取されることによつて運行が杜絶することをおそれた会社が、争議を行つていない従業員(所謂第二組合の組合員)に命じて車輛を会社の指定した隠し場所に廻送する途次において、第一組合の組合員並にその支援者である被疑者等がこれを奪取せんとして発生した往来妨害並に威力業務妨害各被疑事件であることが一件資料により明らかにされるところ、このような被疑事件はその事件の性質上、多数共謀者の謀議の経緯並にその謀議に基く各行動者夫々の分担した各行為の内容が明らかにされる必要があると解すべきであるが、現在迄の一件捜査資料を精査するも以上の各諸点が甚だ曖昧として確定し難く尚ほ充分に捜査の余地並にその必要のあることが推察できる。

他方、被疑者等は本件の捜査に対し、或る者は終始これを黙秘し、或る者は前示の諸点を曖昧にしてその余の大筋を一応次第に供述する態度を示すなど区々に亘るところ、この種労働争議につき派生する刑事々件は、関係者が多数でしかも互に激した裡に事件が発生することのため、その真相を究明することに相当な困難を伴うものと云わねばならないが、若し被疑者等が互に通謀する場合、この種事件の性質上、諸般の点より、被疑者等は容易にその罪証を隠滅するおそれがあると疑うに足りる相当な理由があるものと云わねばならない。

そうすると、被疑者等が逃亡すると疑うに足りる相当な理由の有無については、これを判断するまでもなく、刑事訴訟法第六〇条第一項第二号に従い、本件被疑者等は何れもこれを勾留すべき理由があるから、本件申立は理由があるものとしてこれを認容すべく、勾留すべき理由がないものとして被疑者等に対する勾留請求を却下した原裁判は何れも失当であるから同法第四三二条第四二六条第二項によりこれを取消すことゝし、主文のとおり決定する。

(裁判官 阿座上遜 山中孝茂 天野正義)

勾留却下の裁判に対する準抗告申立ならびに同裁判の執行停止申立書

被疑者 山本馨

谷本典彦

嶋野勝己

吉本敏彦

右の者に対する往来妨害、ならびに威力業務妨害被疑事件について、山口地方裁判所下関支部裁判官渡辺公雄が本日なした勾留請求却下の裁判に対し、次の理由により準抗告を申し立て、あわせて右裁判の執行の停止をもとめる。

昭和三十六年六月十日

山口地方検察庁下関支部

検察官 検事 遠藤安夫

山口地方裁判所下関支部 殿

趣  旨

一、被疑者等は、いずれも罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある。

なお、逃亡すると疑うに足る相当な理由もあつて、刑事訴訟法第六十条第一項第二号、第三号に該当することが顕著であるのに、これに対し、勾留請求を却下したことは、刑事訴訟法の精神に反するものであるから、右却下の決定の取消をもとめる。

二、右勾留請求の却下決定により、直ちに本件被疑者を釈放するときは、本件準抗告が認容されても、罪証隠滅等の結果が発生するので、本件準抗告の裁判確定に至るまで、勾留請求却下の裁判の執行停止をもとめる。

理由

一、本件勾留請求の事実の要旨は、「被疑者は、外二十名位と共謀の上、山陽電気軌道株式会社が運行中のバスを奪取しようと企て、走行中のバスの前に檜丸太を突出して往来の妨害をし、該バスを停車せしめ窓等から車内に侵入し運転手などを取囲み多衆の威力を示して該バスを奪取しその業務を妨害したもの」、というにあるが、被疑者嶋野、吉本は犯行現場に赴いた経緯について若干供述するにとどまり、その余の被疑者においては、その経緯についても供述を拒んでいるような状況であつて、檜丸太を道路に突き出したことなど実行行為の主要部分については供述していない。従つてかような被疑事実の主要部分を誰が分担したものであるかについて確定されない現在においては被疑者の身柄を拘束して取調べなければ、(一)右共犯者と目される二十名位の者と通謀し、(二)また現在犯行現場附近住民の目撃者について被疑事実の主要部分を分担した者を聞込捜査中であつて、これ等の参考人と通謀し、(三)或は本件の直接の被害者は第二組合に所属する者であるが第一組合所属の被疑者等とは勤務場所が同一であるのを利用しこれに圧力を加え被害当時の状況を十分供述させないような手段に出るかも知れず、結局右のような事情があるので罪証を容易に隠滅される虞があり事案の真相の究明は不可能となることまことに顕著である。

二、被疑者等の住所は一応定まつているが、本件の如き組織を背景として行われた犯罪については自己並びに他の共犯者に犯罪の嫌疑が及ぶことを恐れ、一時逃亡することも十分考えられ逃亡すると疑うに足りる相当な理由もまた存するところである。

以上の諸点からみれば本件被疑者等については勾留の必要が大であるのに、その必要がないとして勾留請求を却下した裁判は全く違法であるから、取消を求めるため本申立に及んだ次第である。

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